最後のニホンオオカミ

死に至る道

青年ニオが綴る、とある決意までの物語。 ※このブログはフィクションです※

あと355日

 4月10日 天気……薄紅と青

 

 どうも、ここ数日は忙しく、桜のことなどすっかり忘れてしまっていました。いや、桜のことを目にはしていたのです。外には出ていましたから。

 来週から、ああもう明後日ですか、新学期が始まります。そのために様々仕入れる必要がありました。ええ、僕も大学生ですから、いつまでも家に閉じこもるというわけにはいかないのです。

 なので、桜を視界に入れてはいました。しかし、人間というものは、意識しなければ単なる背景となってしまいます。桜を見てはいても、決して観てはいなかったのです。

 

 まだ、桜は満開のまま。満開の桜は、好きではない。しかし、それを見るのも、今年が最後になる。そんなことを考えているうち、気づいたら僕は、自転車を引っ張り出して、近くの公園に向かっていました。

 そこは、外様の僕には馴染みのないところですが、地元では有名なお花見スポットです。僕が訪れたのは、確か正午ごろでした。既に、自転車も自動車も人も、そこかしこで溢れかえっていました。僕は、自転車と自転車のわずかな隙間に自分のものをねじ込んで、桜の元へ急ぎました。

 一番大きな人だかりは、長く広大な一本道に形成されています。その道の脇には、桜が大量に、不自然に整列しています。美しさの押し売りさえ感じる、そういう道でした。

 そして、その道は、人間が一人入るような空間すらないほど、ごった返していました。ええ、確かに、上を見上げれば、桜が見えないことはありません。桜はそれほど、僕らの周りを大きく囲っているのですから。しかし、多くの人は、桜を楽しんでいるのか、それとも桜を見に来た自分を楽しんでいるのか、どちらか区別がついていないようでした。

 桜の根元には、酒しか眼中にない者。道には、人が多い、お前が寝坊したのが悪い、酒が欲しい、などと不満をかこつ者。僕が満開の桜を好まない理由の一つが、そこには凝縮されていました。

 僕はその不満の渦に飲まれ、お花見どころではなくなってしまったのです。

 

 だが、その中でも一つだけ、良いことがありました。僕の隣には、小さい子供を連れた家族がいました。その家族の会話が、僕には自然と耳に入りました。

 桜、きれい。あ、小鳥さんがいる。蝶もいるね。いい匂いする。お空晴れてるよ。

 その会話は、一滴の穢れもない、純粋なものでした。

 その家族だけは、確実に桜を観ていました。